偏頗弁済は支払不能の前30日から見られる
偏頗弁済は「へんぱべんさい」と読みます。借金の返済が苦しくなった時期に、一部の相手にだけ返すことを指します。
親から借りた分だけ先に返す、勤め先の同僚にだけ返す、というのがよくある形です。気持ちとしては分かる話ですが、破産手続に入ると扱いが変わります。
返した分が戻されることがある
破産法には否認という仕組みがあります。破産手続が始まったあと、その前にした行為をなかったことにして、出ていった財産を戻すものです。
一部の債権者への返済を対象にするのが162条です。1項1号にこうあります。
破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。
支払不能になったあとに返した分が入ります。支払不能は、借金を払える見込みが無くなった状態のことです。
ただし同じ号にただし書きがあり、返した相手がその事情を知っていた場合に限るとされています。相手が何も知らずに受け取っただけなら、そこで止まります。
義務でない返済は、前30日以内も入る
読者にとって効いてくるのは、同じ162条1項の2号です。
破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前三十日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。
こちらは支払不能になる前の分です。条件は「義務に属さない」こと、つまりまだ返す約束の日が来ていないのに返した場合です。
期限が来ていない借金を先に返す、担保を付ける約束が無いのに担保を出す。そういう行為が支払不能の30日前から対象になります。
行為の種類さかのぼる範囲
- 対価のない行為(贈与など)支払の停止等の前6か月以内から160条3項。返済ではなく渡しただけの場合
- 義務でない時期の返済・担保支払不能になる前30日以内から162条1項2号。返す約束の日が来ていないのに返した場合
- 義務どおりの返済支払不能になった後から162条1項1号。相手がその事情を知っていた場合に限る
対価のない行為はさらに手前まで見られます。160条3項です。
破産者が支払の停止等があった後又はその前六月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
贈与がここに入ります。返済ではなく渡しただけの場合は、6か月手前からです。
親が代わりに払う場合(第三者弁済)
自分では返せないので、親や配偶者に払ってもらう。この形は民法474条の第三者弁済にあたります。
債務の弁済は、第三者もすることができる。
否認の対象になるのは破産者がした行為です。親が自分のお金で債権者に払うのであれば、破産者の財産は減りません。その意味で、162条が見ている「破産者がした弁済」とは別のものになります。
ただし474条には条件が続きます。同条2項です。
弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。
親や友人は、原則としてこの「正当な利益を有する者」ではありません。本人の意思に反しては払えない、という制限が付きます。
そして実務で問題になるのはこの先です。払ってもらった分を後で本人が親に返すと、それは親への返済になります。親族への返済は、この記事の前の節のとおり相手が事情を知っていたと推定される側に入ります。第三者弁済そのものと、そのあとの精算は分けて考えることになります。
どちらに当たるかは、お金の出どころと、返す約束があるかで変わります。自分で判断せず、依頼する専門家に事実をそのまま伝えてください。
親族に返すと、知っていたことになる
162条2項は、相手が事情を知っていたと推定する場合を並べています。その1つが「前条第二項各号に掲げる者」で、161条2項を見に行くと3号にこうあります。
破産者の親族又は同居者
親族と同居している人は、知らなかったと言うほうが証明する側に回ります。親に返した、配偶者の家族に返した、という形がここに当たります。
これは相手を疑っているのではなく、事情が伝わりやすい関係だという前提です。ただ結果として、身内への返済はいちばん戻されやすい形になります。
支払の停止があると、支払不能だったと扱われる
支払不能がいつだったかは、あとから振り返って決まります。そこで162条3項が、支払の停止があった場合の扱いを置いています。申立ての1年前より後に支払の停止があれば、そのときに支払不能だったと推定されます。
支払の停止は、返済を止めたことが相手に分かる形になっているかで見ます。受任通知(弁護士や司法書士が引き受けたことを知らせる通知)が債権者へ届いた時点は、その代表例です。
つまり受任通知を出した後に、どこかへだけ返済を続けると、そこが対象になります。手続を頼んだあとは、自分の判断で返さないことです。
戻される期間には終わりがある
否認する権利にも期限があります。176条です。
否認権は、破産手続開始の日から二年を経過したときは、行使することができない。否認しようとする行為の日から十年を経過したときも、同様とする。
手続が始まってから2年、行為から10年で、どちらかが来れば行使できなくなります。逆に言えば、手続の中にいるあいだはこの範囲で見られます。
免責が下りなくなる場合
戻されるだけでは終わらないことがあります。252条1項は免責を認めない事由を並べていて、3号がこれです。
特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。
否認の要件との違いは目的です。特別の利益を与える目的か、他の債権者を害する目的が要ります。うっかり返してしまった場合と、分かっていて返した場合が分かれます。
ただし同じ252条の2項は、事由に当たる場合でも、経緯その他の事情を考えて相当と認めるときは免責を許可できるとしています。免責不許可事由に当たること自体が、そのまま結論になるわけではありません。
免責の手続そのものの流れは免責の手続きと、認められるまでの期間にまとめました。
罪になる場合の条文
破産法266条には罰則も置かれています。他の債権者を害する目的で、義務でない返済や担保の提供をして、破産手続開始の決定が確定したときが対象です。刑は5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金で、両方を科すこともできます。
ここでも目的が要件になっています。返す約束の日が来ていたので普通に返した、という場合は入りません。
説明を拒んだり嘘をついたりした場合の扱いは自己破産で隠すとバレるし罰則があるにまとめています。
すでに返してしまった場合
先に返したことを黙っていても、通帳の履歴から出てきます。管財事件では管財人が口座を確認するので、そこで見つかります。
隠すと今度は説明義務の側の問題になり、免責の判断が重くなります。先に伝えたほうが、事情を考えてもらえる余地が残ります。
返した相手にも影響が出ます。否認されると、受け取った側が破産財団へ返すことになるためです。身内に返した場合は、その身内が返す側に回ります。
手続を頼む前と後で気をつけること
- 返す約束の日が来ていない分を、前倒しで返さない
- 手続を頼んだあとは、どこにも返さない
- すでに返した分があれば、金額と時期と相手を先に伝える
- 通帳は手続の前後の分をまとめて出せるようにしておく
3つ目が抜けやすいところです。 金額が小さくても、時期のほうで対象になります。
自己破産を選ぶかどうかの判断そのものは自己破産できる条件に、手続ごとの違いは債務整理の種類と選び方にまとめました。
先に伝える相手
伝える相手は、手続を頼む事務所です。司法書士が裁判外の和解を代理できるのは1社140万円までで、しかも法務大臣の認定を受けた司法書士に限られます。自己破産と個人再生の申立ては、そもそもその範囲に入っていません。司法書士が行うのは書類の作成で、申立ての代理は弁護士の担当になります。線の引き方は司法書士と弁護士の違いは140万円で分かれるにまとめました。
シン・イストワール法律事務所は費用のページで、自己破産の申立ての着手金を同時廃止事件(管財人を付けずに進める手続き)が407,000円、少額管財事件が506,000円としています。いずれも債権者1社あたり11,000円が追加され、実費が別にかかると書いています。初回の相談料は無料としています(2026年9月1日確認)。
金額を先に見ておくと、返した分を伝えるかどうかで迷わずに済みます。
まとめ
- 一部の相手にだけ返した分は、破産手続が始まったあとに戻されることがある
- 支払不能になった後の返済は、相手が事情を知っていた場合に対象になる
- 返す義務の無い時期の返済は、支払不能になる前30日以内も対象になる
- 対価のない行為は、支払の停止等の前6か月以内まで見られる
- 親族と同居者は、事情を知っていたと推定される
- 否認できるのは手続開始から2年、行為から10年まで
- 目的があった場合は免責不許可事由と罰則の条文にも当たる
すでに返してしまった分があるなら、隠さずに先に伝えてください。金額と時期と相手が分かれば、そこから先の見通しは立ちます。